REVIEW

camera荒野の千鳥足

どうしよう――しかたがない、もう一杯飲むか。

真魚八重子(映画評論家)

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オープニングで360度回転するカメラ。地平線まで見渡せる砂漠には、学校と飲み屋という二つの建物しかない。こんな田舎町で教師をするジョンは、冬休みに恋人が住むシドニーへ向かう。
乗り継ぎで一晩だけ泊まるブンダンヤバ(以下”ヤバ”)。やたらとお節介な年配の警官が、ジョンにビールをおごってくれる。「もう一杯飲むか?」「いや、もういい」「ビール2杯!」という、是が非でもタダ酒は飲まなければいけない世界観に貫かれた町。
この映画は不条理が端々にある。ヤバに住む、ひたすらビールを飲み続ける男たちはマチズモの典型であり、労働者階級ばかりだ。みんなジョンのような旅人には気前よくおごってくれる。だが、それは強要でもある。ヤバの男たちには確立された、粗野だが男性性を重んじたルールがあり、よそから来たジョンは、彼らから見ると世間を知らない“お嬢さん”みたいなものなのだ。
ジョンはビールだけでは体が持たず食事をとるため入った店で、ドクと出会う。店の奥の白熱している賭場。ジョンはあの田舎町を出て、シドニーで教師になるために金が必要だ。ここで大金を得たらすぐにでも脱出できるかもしれない……。しかし、賭けの結末は恐ろしいことになり、ジョンはヤバから身動きが取れなくなってしまう。
知り合いになったドクに誘われ、ジョンはカンガルー狩りに行く。飲む、打つ、カンガルー。車に乗り込んだ男たちは、荒っぽい運転でカンガルーを追跡し、黄色い砂塵を巻き上げる。ジョンもハンティングに興奮し血が騒いで、どんどん仕留めていく。さらにドクの仲間たちは、わざと手負いのカンガルーを肉弾戦で戦って仕留めようとし、喉を掻き切って殺す。生々しい殺戮のシーンは、おぞましいゆえに目が離せない。生き物が絶命する瞬間のか弱い痙攣。力が抜けて全身がドサッと崩れ落ちる音。
ジョンは強い日差しに、または電球の眩しい光を直視して何度も我を失いかける。夜のカンガルー狩りで、フラッシュライトを焚かれ、暗示をかけられる獲物のように。ドクはジョンに電球の光を向け、目がくらんだジョンをカンガルーに見立て喉を掻き切る仕草をしてみせる。泥酔したジョンの脳裏を駆け巡るヤバの記憶は、ドクが悪魔のように彼の運命を操っている。ドクとは何者なのか?
これは、異界に迷い込み、出られなくなる不条理の物語である。一体いつまで続くのか、どうしよう――しかたがない、もう一杯飲むか。

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荒野の千鳥足

9/27(土)より、新宿シネマカリテにてレイトショー他、
全国順次公開


■提供・配給:キングレコード 配給協力・宣伝:ビーズインターナショナル
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