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妖しい傷あとの美女 江戸川乱歩の「陰獣」

 全部で25作品、それが足かけ8年にわたって放送されたのだから、「美女」シリーズは間違いなく長寿ドラマである。テレビドラマが人気を得て、番組が長くつづく。その理由のひとつが内容のパターン化で、回を重ねるごとに、愛すべき「お約束」の描写が増えるのが特徴だ。その好例が『水戸黄門』だが、「美女」シリーズも例外ではない。
 このシリーズの本放送を第1作から順に観た者としては、長寿番組だからこそ生まれたマンネリに魅力があり、そこへヒネリを加えた後期の作品、なかでも最終作の1本前に作られた『妖しい傷あとの美女』に強い愛着がある。原作小説が『陰獣』であることから、倒錯したSM愛が描かれたのも、当時のテレビドラマとしては大胆かつ異色だった。
 「美女」シリーズの「お約束」が、天知茂が演じた主人公・明智小五郎の変装、その明智に負け惜しみを言う波越警部(荒井注)、そして毎回、劇中に登場する訳ありの美女だ。『妖しい~』で美しいヒロインに扮したのが佳那晃子、そしてシャワー中に何者かに刺殺される秘書を、親王塚貴子を演じた。この人もきれいで、実に色っぽかった。
 親王塚は当時を代表するセクシー女優だが、実は天知茂が率いた芸能プロに所属し、そのころ映画制作にも乗り出していた天知が変名で撮った、官能映画にも主演。さらに天知は、彼女の歌手デビューにあたってシングルレコード2枚、計4曲の作詞と作曲まで手がけるなど、売りこみに力を注いだ(乞うCD復刻!)。だが天知の援助もむなしく、彼女は本作への出演を最後に、芸能界からこつぜんと姿を消してしまった。残念である。
 この『妖しい~』が特に好きなのは、いつもは比較的なクールな明智の、人間臭い面を描いた点にある。たとえば、愛煙家である明智の健康を心配する助手(藤吉久美子)は、いやがる明智に「節煙」と色紙に書かせて事務所の壁に貼った。ところが、明智が約束を破って健康診断に行かなかったのを知ると、怒りが爆発。紙に大きく「禁煙」と書き、それを「節煙」の上に貼ってしまう。
 だが明智は改心をしない。隠れてタバコを吸うところを助手に見つかりそうになると、すかさずタバコを同席した波越警部の口にくわえさせて、上手にごまかしてしまうのだ。このタバコをめぐる愉快な攻防戦と、役者たちの息が合った演技は、長くつづいたシリーズならではの見せ場だろう。
 どんな美女が目の前に現れても、明智は冷静さを失わない。ところがこの『妖しい~』では、佳那晃子が演じた薄幸の人妻に心をうばわれ、彼女と口づけを交わすほど親密になってしまう。「明智のキス」が描かれたのは、これがシリーズ初で、恋心が芽生えた等身大の明智の姿が新鮮に映る。その最後の場面で、失意の明智がヒロインに向かって、ある言葉を語りかける。今まさに愛する者を失おうとしている彼の深い悲しみが胸に迫る、シリーズきっての名場面である。

ライター/加藤義彦