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魅せられた美女 江戸川乱歩の「十字路」

 売り出し中のアイドル歌手、沖晴美(岡田奈々)は所属事務所の社長・伊勢(待田京介)に新しいマンションを購入してもらい上機嫌。早くに両親を亡くした晴美は、天才棋士の兄に育てられ、やっと掴んだ成功であった。直美のマンションに伊勢が引っ越し祝いに訪れ、2人で楽しく会話をしていると、突然、伊勢の妻が『女囚さそり』の梶芽衣子みたいな格好でナイフを持って現れ、晴美に襲い掛かる。もみ合ううち、妻はナイフを誤って胸に突き立ててしまい絶命。大慌てで遺体を投身自殺に見せかけようとする2人は必死の偽装とアリバイ工作に精を出す。
 遺体をトランクに載せた伊勢の車は、交差点で接触事故を起こす。その交差点に近くのバーでは、晴美のマネジャー・真下(中条きよし)と、晴美の兄・良介が酒を飲んでいた。2人は口論になり、もみ合いになりうっかり頭を打ってしまった良介は、泥酔状態でふらふらと店を出て行き、交番で調書を取られて不在だった伊勢の車に思わず乗り込んでしまう……。数日後、良介の失踪が報じられた。
 原作は、渡辺剣次の原案をもとに乱歩が考案した話で、しかもコロンボ・タッチの倒叙形式。原作に登場する良介と瓜二つの探偵役を、このドラマでは明智に設定したため、天知茂が明智と良介の二役を演じる快挙となった! カツラをつけ和服で、伝法な口調で喋る天知茂はシリーズのファンにとってもなかなか新鮮だ。明智は、警察で偶然伊勢に会い、伊勢が明智の顔を見て動揺していることから、良介の失踪に関して疑惑を抱くのだが、このあたりはヒッチコックの『間違えられた男』の出だしみたいな緊張感がある。さらに、妻の遺体を載せた車が事故を起こしたり、遺体を隠すのに七転八倒したりの展開も、これまたヒッチコックの『サイコ』で、ジャネット・リーの大金持ち逃げ+アンソニー・パーキンスが車を沼に処理するまでのシークエンスを上手く応用している。観ているこちらが「上手く片付けられるか……」とうっかり犯人側に感情移入してしまうのだから、さすが井上梅次の職人技だ。ちなみに井上監督は、同じ原作を1956年に日活で『死の十字路』として監督しており、この時は、晴美=新珠三千代、伊勢=三國連太郎、良介と探偵の2役で大坂志郎だった。
 倒叙法の話なので、原作では探偵は中盤にならないと出てこない。それでは困るので、本作では事件と並行して、明智チームが夜釣りを楽しむのんびりしたお話を挿入している。天知茂と助手の五十嵐めぐみ、小林少年役の柏原貴の3人のゆるいトークが、緊迫した事件の進行と上手い緩急となっており、ハラハラ/のんびり、甘辛地獄のようだ。
 もとの話が地味なので、棋士の兄とアイドルの妹という独自設定を入れ華やかに彩っている点もポイント高し。直美役の岡田奈々は人気アイドルだった時代があるので、歌のシーンでもさすがに華やかだ。タイトルの「魅せられた美女」とはジュディ・オングの前年のメガ・ヒット「魅せられて」にちなんだもので、直美の孔雀みたいなドレスもまんまジュディ。マネジャー役の中条きよしも人気歌手だった時代があるし、伊勢役の待田京介も、良介の婚約者・奈美悦子も、伊勢の妻・西尾三枝子も、さらに天知探偵もレコードを出しているので、シリーズ中もっとも歌謡界色が強く出た1作ではなかろうか。あれだけもみ合っても岡田奈々のバスローブが外れないとか、お色気シーンはちょっと控えめ。

映画秘宝編集部/馬飼野元宏