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炎の中の美女 江戸川乱歩の「三角館の恐怖」

 「江戸川乱歩の美女シリーズ」は、美女自身が犯人ということも多い。ただし、程度の差はあり、主犯格で極悪非道な女性もいれば、巻き込まれ型で親や兄弟の復讐に付き合わされている場合もある。後者だと明智と惹かれあって、事件を介した出会いしかできなかった運命を悲しんだりする。そんな美女たちの可憐な末期を見届けた覚えのあるかたも多いだろう。
 しかし、『炎の中の美女』は毛色が違う。本作のヒロインである鳩野桂子(早乙女愛)は冒頭から、真紅のルージュがヌルヌルと光る派手なメイクで登場する。いかにも都会派の現代っ子でサングラスをし、衣装も真っ赤だ。そして新婚半年目だというのに、習っているジャズダンス教室の講師と不倫の関係にあって、相当貢いでいるらしい。彼女は養父の玄太郎(鈴木瑞穂)の言いつけで、元運転手である信夫(ジョニー大倉)と結婚しているが、信夫を毛嫌いしていて、いまだ夫婦関係はない。そのうえ講師が殺人事件に巻き込まれて死ぬと、今度は血のつながりのない従兄の萩原流行と付き合ったり、常に誰かに依存して、恋愛関係にないと気が済まないタイプなのだ。そして信夫に対する嫌悪感も凄まじく、優しい言葉をかけられると、ハンドバッグで彼の頭をめった打ちにしたりする。
 だがこんなわがままな姫タイプでありながら、凶悪犯罪犯らしき実父と、優しい養父の存在に引き裂かれて苦悩し、養父が一代で築いた財産争いで桂子が翻弄される姿に、明智は憐れみを覚える。財産争いのなかで玄太郎は妹にそそのかされ、「桂子の実父が凶悪犯の場合は相続人から外す」という条目を加えるが、桂子は遺産よりも実父の血によって、今まで玄太郎がそそいでくれていた父としての愛情が途絶えることに絶望し、狂乱状態となる。
 この「愛に対する飢え」を表すのは、美女シリーズでも唯一のキャラだ。美女が犯人の場合なら悟られぬように感情を押し殺すし、被害者ならば怯えるという態度になる。だが美女シリーズで子どもじみた興奮状態に陥ったり、愛情を欲して泣き喚くのは、この早乙女愛だけで本当に珍しい。そして、手に余るほど感情的な桂子をかばい、二人の父親問題を上手く取り計らうのが明智だ。わがままで幼稚なお嬢様の一面もありつつ、父親に関してだけは口外できず、独りで悩み苦しむ様子に明智は手を差し伸べる。恋愛感情を裏切られて激し、後先を顧みない桂子の発作的な行動を叱りつけたりもするし、この明智とヒロインの関係は、明智自身が言うように「父性に近い感情」なのだろうし、先生と生徒のようでもある。悪意はないが感情の抑揚が激しいヒロイン像。量産されるシリーズの中で、不意に生まれた特異なキャラとして、奇妙に印象深い情熱をもった女性だ。

映画評論家/真魚八重子